岡山・倉敷のベリーダンススクール リコナッツ 【Riconuts】

こんにちは。Ricoです

普段のレッスンでは深くふれないことも…

今年はブログでちょこちょこと紹介していく予定です

今日は伝説のダンサー、バディア マサブニについて少し

現在のオリエンタルスタイルを作ったダンサー

オリエンタルスタイルの母

badia-masabni
ざっくりと時代背景を説明すると

19世紀以降エジプトはイギリスの支配を受けるようになり

支配層や上流階級が生まれます。

そのためショービジネスの世界が花開いていきました

それまで結婚式やお祭りなどに限られていた踊りが

カイロ市街のシアターで演じられるようになったのです。

1900年代は、エジプトに西欧の文化がどんどん入ってきた時代です

音楽や舞台も西欧の芸術の影響を受けて洗練されていきました。

 

1926年、バディアはナイトクラブ「クラブカジノ」をオープン

始めは自分がメインダンサーとして踊っていましたが

だんだんと歌と経営にまわっていき

シアターが有名になったら売却して

もっと大きなシアターを買い取るという事を5回も繰り返して

最終的には3F建ての客席、カジノやオペラ、レストランがある

大きなシアターを経営したそうです

その最盛期は1940年代。

バディアのシアターからはダンサーも歌手も

たくさんのスター達が誕生しました。

ベリーダンスの黄金時代です

私たちはこの時代にバディアが作ったスタイルで踊っているのです

 

そしてバディアが行った有名なことを大まかに言うと

振付を作ってパフォーマンスした

(当時は即興が普通だった)

ベールやシャマダンを使用した

(ステージが大きくなったので小道具を使った)

週に一度、女性専用の日を作って提供した

(当時の女性は男性がいてお酒のある場所へは行けなかった)

オーケストラの中に2タイプのミュージシャンを混ぜた

(感覚派と学問派のミュージシャン、現在もカイロではそうらしいです)

現在では普通のことですが、どれも当時は斬新でした

そしてこのベリーダンスの黄金時代に

バディアが育てた伝説の3大スターが

タヒアカリオカ、サミアガマル、ナイマアキフ

この3人の方がよく耳にしますよね。

次回はスターダンサーを動画で紹介します